BL20B2ユーザー用マニュアル
2001/11/15 ver. 1.3

鈴木芳生 SPring-8

光源とビームラインについて


BL20B2はSPring-8の偏向電磁石からのシンクロトロン放射をX線源とするビームライン(実験ステーション)です.SPring-8の電子蓄積リングはチャスマン-グリーン型のラティスを持っており,2個の偏向電磁石を1組として,これに10台の4極電磁石と7台の6極電磁石による収束光学系を組み合わせたものを単位(セルと呼ばれます)として,この間を挿入光源のための直線部で繋いだ構造の電子光学系で成り立っています.リングは本来48個のセルからなる48回対称の構造です.ビームラインの名称は,電子ビームの入射点からシリアル番号で呼ばれています.BL20B2は20番目のセルの上流から2個目の偏向電磁石を光源としているため,BeamLine20BendingMagnet2で,BL20B2となるわけです.実際には偏向電磁石の上流側の端(約140mm)の位置を発光点として見込む構造をしています.セル20では両端の直線部を挿入光源(BL20XUとBL21IN)に使うため,BL20B1というビームラインはありません(ビームの取り出し位置がBL20XUとほとんど重なってしまうため実際には使えません).また,48セルの内4セルは長直線部と呼ばれる特殊な電子光学系に改造されているために,現在のリングは4回対称,44セル+4長直線セル,の構造になっています.さらに,直線部の中には高周波空洞や入射のためのキッカーマグネットなどが置かれている箇所もあり,実際の(建設可能な)X線用ビームラインの数は,挿入光源34+偏向電磁石光源24+長直線挿入光源4=62本になっています.

BL20B2は図に示すように,全長215mの長さがあり,リング棟の実験ホールからさらに延長され,医学利用実験棟と呼ばれる別の建物にある実験ステーションまで伸びています.発光点から約36mの位置に二結晶分光器があり,これ以外には光学素子はありません.したがって水平取り出し角1.5mradで引き出された偏向電磁石からのシンクロトロン放射は,末端のステーションでは横幅300mm以上の広いビームになっています.ただし,CTの実験で使っている実験ハッチ(実験ハッチ1)では発光点から約43mの位置であるため,普通のシンクロトロン放射施設のビームと特に違いはありません.発光点の大きさは水平0.29mm,垂直0.04mmですが,分光器の分光結晶の振動によると思われる広がり(垂直方向に約1μrad)があり,実験ステーション1のところでは水平は0.29mmですが,垂直方向の見かけの発光点サイズは0.06mm程度と推定されています.分光器の上流と下流にはそれぞれ四象元スリットがあり,実験に必要な形状に成形したビームを取り出すことが出来ます.特殊な実験を除けば分光器下流のスリットを使うことはありません.分光結晶に無用な熱負荷をかけないためにもビーム成形は上流のスリットで行うべきです.


SPring-8の偏向電磁石の磁場は0.679T,電子エネルギーは8GeVですから,シンクロトロン放射の臨界エネルギーは28.9keVになります.したがって,光源のスペクトルは28.9keV近傍にピークを持ち,低エネルギー側には緩やかに低下し,高エネルギー側で急激に低下するプロファイルを持ちます.高エネルギー側は臨界エネルギーの2倍程度の領域までは強度の減少は少なく(1/2程度)実用上になりますが,実際には検出器の効率の問題もあり,一般に高エネルギー領域での測定には時間がかかります.低エネルギー側は実際のところ空気や窓材の吸収で制限され8keVあたりが限界です.図に放射スペクトル(計算値)を示します.


二結晶分光器はSPring-8の偏向電磁石ビームライン用に開発された標準型の分光器です.二つの結晶の回転と第一結晶の並進を計算機制御と結合すると共に,第一結晶のトレースをカムで案内することによって定位置出射を実現しています.結晶はSi311面の対称反射ですが,可変傾斜配置とよばれる機構で,111面及び511面にも切り替えることが出来ます.ブラッグ角の可動範囲は3度〜27度で,反射面を切り替えることにより4.5keV〜103keVの広い範囲を一台の分光器でカバーしています.しかしながら,三次元CTの実験では矩形の広いビーム断面が必要なため,実際には311面に限られています.この為,使用可能なエネルギー領域は8.35keV〜72.3keVになっています.このビームラインでは単色X線トポグラフィーやCTのようにX線ビームに対して高い空間的均一性を要求する実験が多いために,結晶の歪みを避ける目的で他の多くのビームラインと異なり分光結晶には間接水冷を採用しています.また,リングの超高真空とビームラインの真空との間のBe窓にも鏡面研磨した特殊なベリリウム箔を用いており,ビームライン真空と大気との隔壁はカプトン膜(厚さ125ミクロン)を使っています.分光結晶冷却に間接水冷を用いているため,熱負荷の大きい条件では結晶の冷却が十分ではなく,熱歪みにより若干の反射率の低下がみられますが,実験に差し支えることは少ないと考えられています.また,ビームの平行性の劣化に関しても実験に支障が無いレベルのものであることが確認されています.

現在得られているビーム強度の実測値を図2に示しますが,強度のピークは25keV付近にあり,計算と大体一致しています.X線エネルギー15keV-30keVのあたりでは,実験ハッチ1でのフラックス密度は1x10E9photons/s/mm2以上あります.この程度のフラックスがあれば,10ミクロン程度のvoxelサイズでの三次元CT像を1時間程度で計測することが出来ます.図のスペクトル分布でわかるように,10keV以下の低エネルギー領域での実験ではSi311の高調波(933反射等)が相対的に強くなるため注意する必要があります.このビームラインには高調波除去のミラーはありません.また,CT実験のように大面積のビームを必要とする場合は,現状の冷却システムでは特に分光器の高角度側では結晶の単位面積当たりの熱負荷が大きく,熱歪みが無視できない為にブラッグ反射のDetuningによる高調波抑制の効果が低いという問題があります.10keV以下のX線エネルギー領域は出来る限り使わないのが賢明です.


図3にBL20B2で測定したCuのK吸収端近傍の吸収スペクトル,AgのK吸収スペクトル及びAuK吸収スペクトルを示します(AuK吸収スペクトルは511面で測定した参考データです).このエネルギー領域ではエネルギー分解能ΔE/E〜10E-4以下が達成されており,内殻吸収スペクトルの自然幅より狭いエネルギー分解能での測定が可能です.ただし,このスペクトル測定はビームサイズ1.5mmx1.5mmでおこなったものであり,垂直方向のビームサイズを大きく取った場合は垂直方向に空間的なエネルギー分布の広がりがあり得ます(ΔE〜10E-4程度のオーダーです).ただし,吸収端を利用した細かい測定の場合を除いて,エネルギーバンド幅を考慮する必要はありません.なお,本ビームラインの分光器のエネルギーは0.01%の精度で調整されていますので,通常の実験では実験時のエネルギー較正は必要ありません.

それでは実際のビームラインに行ってみましょう.



BL20B2ユーザー用マニュアル

ビームラインの使い方

ver.1.03
鈴木芳生 SPring-8


ビームライン管理計算機(BL-WS)は通常各ビームラインに一台ずつ設置され、挿入光源、フロントエンドおよび輸送チャネル機器のうち、ビームラインインターロック系(PLC)が管理していない機器の制御、データ収集をVMEコンピュータ(BL-VME)を通じて行っています。BL-WSはユーザーがログインしていない状態でも、中央制御室のWSと連携しながら様々なビームラインの制御やデータ収集を行いますので、勝手に電源を切ったり、再起動したりしてはいけません。このような事故から制御系を保護するために通常はBL-WSはBL-VMEと共に鍵のかかる19インチラックに納められており、この鍵は許可された人だけがキーボックスから取出して使用することができます。通常はBL-WD用のX端末(BL-X)から操作を行ってください。
X端末はWSに常時接続されています.勝手に電源を切ったり,リセット操作をしてはいけません.万が一ハングアップした場合は(実はたまに起こる)ビームライン担当者に連絡して下さい.

WSが操作を受け付けない,あるいは制御画面そのものが見えない,GUIの操作を行っても動かない等々のトラブルの時は担当者に連絡するか、あきらめて寝ましょう。休日および夜間はビームライン担当者の勤務時間外です!

BL-WSでは一般に2つのログインアカウント(使用権)を用意しています。一つはbladminで、これはビームラインの保守、管理、調整を行う人のみに許可されたアカウントです。bladminは通常ビームライン担当者および挿入光源、フロントエンド、光学器機関係の担当者にのみパスワードが伝えられています。bladminアカウントで光学系の操作を行う場合には、操作を過ると被制御機器にダメージを与えたり、蓄積リングの運転を停止したりする可能性があります。もう一つはbluserで、こちらはエンドステーションを使って実験を行う場合に用いられるアカウントで外部ユーザーにもパスワードが伝えられています。bluserアカウントでGUIからビームライン機器を操作する場合、機器にダメージを与えたり、蓄積リングの運転を停止するような操作は行えないように制限がかけられています。また、SPring-8全系の制御ネットワークに不要なアクセスを行わないために、いわゆるコンソール画面は開かないように制限されています。

bluserのパスワードをビームライン管理者に無断で変更しないでください。

BL20B2の制御用X端末は

USER ID  : bluser
PASSWORD : bluser
でログインできますが、通常はログインされていて、制御プログラムのMAINが立ち上がっているいるはずです。このビームラインでは一台の制御用のHPワークステーションにX端末が二台繋がっています(実験ホールと医学利用棟)。同時に同じユーザーでは入れませんから(ログインできてもGUIの操作はできない!)、必ず片方は制御プログラムを止めてログアウトすることをお忘れなく。

下の絵はログインした状態での画面です.GUI起動停止のアイコンをクリック(シングルクリックです)するとMAINが立ち上がります.




MAINが立ち上がると,他にも色々なGUIが現れます.大半は普通のユーザー実験では関係ありませんので,それらのGUIはマスクされています.皆さんが使うのは,主に
  1. 分光器のエネルギーを変えたり,
  2. 分光器のスリットを変えたりすること,
です.分光器の操作はStd MonoのGUI


をクリックすることから始めます.
そうすると分光器のエネルギーや波長を表示しているGUI


が現れます.

1.単位がKeVになっていることを確認します.
なっていない時は、単位表示のボタン(DEG、Å、KeV)をクリックするとかえられます。波長で設定したい場合はÅで動作させて下さい。DEGは分光器のブラッグ角の入力用です.

2.入力ボックスに数値を入力して、リターンキーを押す。

4.表示が変わらなくなって、ウインドウ下部のステイタス表示が、*READY*になったら完了です。*READY*になるまで他の操作は絶対にしないこと。ただし,STOPの操作は出来ます.途中で移動を停止したいときはSTOPボタンをクリックして下さい.Emergency Stop(赤いボタンのこと)は出来るだけ使わないで下さい.非常停止の場合は分光器メカの計算機制御によるリンクがとれなくなるので,分光器自身の再調整が必要になる場合があります.非常停止をした場合は,すぐにMBSを閉めて,ビームライン担当者を呼んで下さい.

5.このままでは二結晶分光器の第一結晶と第二結晶の平行性がわずかにずれている場合があり、そのときはビーム強度が多少落ちています。これを最大にするための調整が必要な場合があります(実はたいていの場合必要です)。この分光器は第二結晶が基準のブラッグ角を決めて,これに対して第一結晶の方位(Δθ1)を微調整する構造になっています.

6.GUIのプルダウンメニューのConfigの中からΔθ1を選択する。
もう一つΔθ1のウインドウが出ます。Δθ1以外は絶対に選ばないこと。エネルギーが変わってしまって、もとに戻せなくなります。

7.動かす前にまず現在のΔθ1の座標値をメモしておきましょう。そうすれば間違ってビームを見失っても復活できます。次にRelativeのボタンをクリックして相対移動にする。Relativeのボタンが黒くなっていれば正しい。(絶対にAbsoluteでは動かさないこと!)

8.Pulse Inputのウインドウに動かしたい数値を入力してリターンキーを押す。
これで動きます。
くり返して同じ量だけ移動させたい時は、PulseInputのウインドウにフォーカスして(カーソルを持っていって、クリックする)から、↑キーを押せばでCW方向に動きます。また↓キーで逆に動きます。

普通は最大でも200Pulse程度移動させれば最大値になるはずです。
強度はイオンチェンバーの電流値で見ることができます、これは普通はカウンタタイマーやレートメータにつながって表示されています。また,ビームラインには蛍光スクリーンをTVカメラで見る形式のモニタもあります.この蛍光スクリーンは分光器と分光器下流のスリットの間にあり,PLCからSCM4を挿入する操作を行ってから,X端末の上にあるCRTモニタのセレクターでSCM4を選択すれば見えます.調整が終わったら必ず蛍光スクリーンははずしておきましょう.高エネルギー領域では,蛍光スクリーンがあっても,一部のX線は蛍光スクリーンを透過して実験ハッチまで来ますが,良いことは何もありません.
Δθ1を動かす時は10〜20Pulseづつ移動させればたいていの場合最大値がが見えます。あまり一度に大きく動かさない方が良いでしょう。機械的なロストモーションやバックラッシュが50Pulseくらいはありますので最大値を通り過ぎても慌てて逆に動かさない方が賢明です。また、リターンキーを押してから実際にギヤが動いて、ビーム強度のカウンター表示に反映されるまで1〜2秒かかりますので、急がずにゆっくりやって下さい。

分光器のエネルギー可変範囲は4.4〜113keVですが、普通はSi 311面になっているはずですので、可動範囲は8.35〜72.3keVになっています。面切り替えが必要な場合は御連絡下さい。当面の間、ユーザーによる面切り替えは、(調整時にWS管理者としてのログインが必要なため)禁止とさせていただきます。ブラッグ角は3度〜27度が可動範囲です。特に27度以上の高角に移動させようとすると分光器保護のためのリミット作動によりハングアップします。注意して下さい。ハングアップした場合は,ユーザー用アカウントでのログインでは復旧出来ませんので,ビームライン管理者に連絡して下さい.

モノクロメータ入射出射スリットの使うときは,TCスリット(Transport Channel Slitの意)のGUI


をクリックして下さい.そうすると,TCスリット操作用のウィンドウ


が出ます.これを使うと,"Height"および"Width"ボタンで、スリット開口の大きさを変更することができます。また、"Horizontal"および"Vertical"ボタンでスリット開口の中心の位置を変えることができます。また、スリット4つのブレードを独立に移動させることも可能です。座標軸は,垂直方向に関しては上がプラス,水平方向は光源を背にして右手側がプラスになるように設定されています.
TC Slit 1が分光器上流,光源から34.2m位置にあります.
分光器は光源から36.8mの位置にあります.
TC Slit 2が分光器下流のスリットで,光源から41.0mの位置にあります.
なお,実験ハッチ1の上流側の真空ダクトのフランジの位置が光源から42mです.

1.TC1スリットの上下方向の開口は4mm以下で使って下さい。これ以上に広げると分光結晶のアクセプタンスより入射ビームのほうが大きくなり,第一結晶の冷却に問題が生じるため,ソフトウェアにより制限しています.もし,4mm以上に広げようとするとハングアップして正常動作しない場合がありますので,注意して下さい。
TC1スリットの上下方向("Vertical")中心位置は0.0mmです。
水平方向("Horizontal")は0mmが中心位置です。水平開口に制限はありません。
水平開口はGUIの表示から-0.45mmが実際の値です(2mmとすると、実際は1.55mmになります)。

2.TC2スリットの設定に制限はありません。中心は垂直0.4mm、水平1.375mmです。スリット開口はGUIの値から垂直-0.1mm、水平-0.4mmです。


X線メカニカルシャッターの使い方

BL20B2にはビームラインインターロックシステムが管理している,メインビームシャッター(MBS,リング収納部内)とダウンストリームシャッター(DSS,結晶分光器下流)の二つのシャッター以外に試料に照射するX線を高速でon/offする目的でソレノイド駆動のメカニカルシャッターがあります.このシャッターは実験装置の一部であり,ビームラインインターロックシステムとは無関係ですのでご注意下さい.
シャッター本体は実験ハッチ1の上流側真空窓直下流に設置されています.シャッターのドライバは実験ハッチ横のNIMモジュール等が納められている19インチラックに入っています.手動で開閉するには,制御をLocalにして,open/closeのボタンを押せば動きます.開閉ステータスはLEDで表示されます.外部機器による制御を行う場合は,Remoteに切り替えて,背面パネルのBNCコネクタに信号を入れて制御します.
Remote入力信号は,5VでPullupしたTTLで負論理になっています(この意味が分からない人はリモート制御に何かを繋がないで下さい).
通常,Remote入力には下流の医学利用実験棟のハッチ2,3から遠隔制御するスイッチとタイマーが接続されています.
図にX線シャッターのテスト結果を示しますが,シャッターの開閉動作速度は10ms以下です.ただし,図に示すように制御入力から30ms程度の遅延を持っていますのでリモート制御で連動させるような場合は十分注意してください.このdelayは200m以上の距離をhard wiringで接続しているために,ノイズによる誤動作を避ける目的で意図的に付加されているいるものです.

図4.ソレノイドシャッターの動作テスト結果

X線メカニカルシャッターの下流ハッチからの操作法
リモートコントロールのお道具は実験ハッチ2のインターロック制御盤のある標準ラックにあります.押しボタンスイッチとタイマー(キーエンスRT-13)が並列接続されています.押しボタンスイッチは押し込んだ状態でシャッター開,もう一度押して閉になります.
キーエンスのタイマーコントローラーは,インターバルモードでIN入力は0Vにジャンパーしてあります.押しボタンスイッチを<シャッター閉>の状態にしてあれば,タイマーでシャッターが制御できます.パネル下側のLED表示がタイマー設定時間です.時間単位は秒であり,普通は最下位桁が0.1秒になっています.Resetキーを押すとカウントアップが始まってシャッターが開き,設定時間で閉になります.タイマー設定時間の変更はLED表示パネル下のプリセットキーで行います.詳細は添付資料(キーエンスのマニュアル)を見て下さい.
タイマーのモード変更禁止!